データ分析って、正解を出すことじゃないの? -分析手法より先に知るべきだったこと-
この記事の目次
施策を考えるとき、こんな壁にぶつかることがあります。
- 仮説を元に分析したけど、意外と大したことないとわかり、出戻りになる。
- 施策の効果を測るための正しい指標がわからない。
- 分析から導き出した結論に対して「本当にあっているのか?」という不安が消えない。
最近の私は、GA4を見て頭をかかえる日々です。
「自分の勘」に頼ってばかりいたことが原因かと思い、さすがにデータ分析について学び、納得できるデータを出せるようになろうと、こちらの書籍を読みました。
石居一平『ビジネスの現場で活かすデータ分析メソッド』オーム社、2022年
データ分析を現場でどのように活用するのかについて学べる書籍でした。
データ分析とは?という本質から分析手法・業務シーンごとの活用例・実務においてどう適用させるかのノウハウがまとめられています。データ分析する上での前提知識を学べて、初学者のためになる書籍でした!

書籍理解に合わせ、以下の記事も参考にしました。
XICA.「データサイエンスとは何か」. XICA XICARON. https://xica.net/xicaron/data_science_1/
(2026年7月24日閲覧)
「 勘とデータ分析」の関係性
書籍を読み、「手法さえ学べば正解が出せるようになるわけではない」という事実に驚愕しました。
いかにもカンと経験に頼っているような発想も、単にインプットとアウトプットしかないデータセットから導き出した統計的、確率的な未来予測の結果であり、データ分析との違いは「インプットとアウトプットの中間にある計算過程」がブラックボックスか否かにすぎないのです。(p13 :4行目)
私なりに整理すると、
- 勘: 過去の「経験」を元に、脳内(ブラックボックス)で未来を予測するもの。
- データ分析: 過去の「事実」を見える化し、ロジカルに未来を予測するもの。
つまり、「未来を予測する」という目的において、勘で行うこととデータ分析がやっていることは本質的に同じだったのです。
もちろん、予測を「見える化」するためにデータ分析の手法を学ぶ意義はありました。しかし、
私が直面している壁の直接的な解決にはならないと悟りました。
データの不確実性を知る。
では、冒頭の不安をどう解決するか。
そもそも、「データ=正解ではない」ということを理解した上でデータ分析に望むことが重要でした。
本書が教えてくれた、このデータの不確実性を一部紹介します。
- データの根源は「生身の人間」である
科学実験のような完璧な規則性はない。データとして残るのは、あくまでその人が動いた「結果」のみ。- データは知りたいことの「ほんの一部」でしかない
数字が、ユーザーの本音や心理のすべてを語ってくれるわけではない。さらに、知りたいことのために収集された数字とは限らない。- 分析にかけられる「時間は有限」
目的は分析ではなく、その先にある施策を進めること。
精度を上げようと四苦八苦している間にデータの鮮度は落ちていく。- 分析する自分自身も「偏っている」
数字を読み解く自分自身にも、無意識の思い込み(認知バイアス)というフィルターがかかっている。
その上で、データ分析とは
「想定した未来」と「現実のズレ」を埋めるための判断(=施策)をするため、選択肢の優先順位を探るための一つの方法
と紹介されていました。
大切なのは、限られた時間の中で、なるべく精度高くこのズレを「見える化」させること。
そして、データはただ1つの正解を示すものではなく、読み取れること全てから、”次の一手としてどれを一番優先すべきか”を決めること。
これが、手法を学んだところでデータが自動的に正解を指してくれないと私が驚愕した理由でした。
データ分析は「勘」の確実性を底上げする。「勘」を磨くことで良いデータ分析ができる。
データ分析の前提を、学んだことで、冒頭の課題解決の術を知ることができました。
それは「勘を鋭くすること」です。
具体的には、次の2つの力です。
- 仮説力
目的と課題を明確にし、複雑な因果関係を想像して「要因」をあらかじめ見立てる力。 - 考察力
分析されたデータから何が言えるのかを判断し、結論へと落とし込んで施策に繋げる力。
この「仮説力」と「考察力」のベースになるのは、個人の「勘(=経験の蓄積)」です。
現場経験が蓄積されるほど、どこに課題がありそうか、数字同士にどのような関係がありそうかを
想像できるようになります。その結果、より精度の高い分析が可能になります。
確かに、配属当初と比べると、業界やサービスに関する知識が増えたことで、分析結果の内容をより深く理解できる場面が増えたと感じています。
また、大きな気づきとなったのは、データ分析と勘は対立せず、補完関係にあることです。
- データ分析は、勘の確実性を底上げするための手段
- 勘は、質の高い仮説を生み出し、分析の精度を高める土台
つまり、データ分析によって勘は磨かれ、
磨かれた勘によってより良い分析ができるはずです。
センス良くなろう!-施策の目的を考える-
冒頭で触れた、施策の効果測定を行うたびに「データから読み取った結論は正しいのだろうか?」という不安について、目的設定に違和感の正体があることに気づきました。
本書では、施策の目的には「売上を伸ばす」と「損失を減らす」の2つの考え方があると紹介されていました。
私はこれまで施策をすべて「成果を伸ばすもの」として評価していました。笑
例えば、UI最適化のような施策は、新たな価値を生み出すというより、本来取りこぼしていた機会を改修する(=損失を減らす)ものです。
「CV向上」の指標で見ていても、目的が売上を増やす施策なのか、損失を減らす施策なのかで結果の意味は変わります。
施策の目的を正しく捉えることが、納得感のある効果測定につながる。
そんな当たり前のことを改めて学びました。
データ分析と「KKD」の関係性
この、勘とデータ分析の関係性は、4月に参加した「マーケティングweek春2026」で聴講したセッションでの知見にも繋がりました。
AI時代の意思決定として、従来のKKD(勘・経験・度胸)に、これからは『仮説・科学的・現場・客観的・データ』が内包される
印象に残った内容として、上記にあげています。AI時代の意思決定として勘とデータ分析の関係性を言及していたのですが、私にとっては逆かもしれないと思いました。
AIはデータ処理や事実の抽出を得意としており、その進化は日進月歩です。
これから先、分析する精度はさらに高まっていくと思いました。
それでも、それらデータの根源である、"人の感情や悩み、価値観への理解"さらに"次の行動の判断"は、人にしかできないと思います。
聴講したセッションは、ビジネス経験の長い、経験を培ってきた人に向けられた内容だと思いました。
一方で、AIが当たり前の時代に社会に進出した私にとっては経験と、自分なりの仮説を持つことこそが重要かもしれないと感じた内容でした。
スキルとしてのデータ分析手法を学びつつも、それ以上に自分なりの仮説を持って検証する姿勢を大切にしたいと思います。
今後は経験を積み重ねながら、より本質的な意思決定ができる人へ成長していきたいです。
※本記事は2026年08月時点の情報です。